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前田利家の子孫たちの宿泊所となった 鴻巣市「法要寺」

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埼玉県の鴻巣市は宿場町として江戸時代に栄えました。今でも鴻巣市内のあちらこちらにその名残が見られ、観光資源として活用されています。今回はその一つとなっている法要寺にスポットライトを当ててみましょう。



法要寺は埼玉県鴻巣市本町にありまして、JR高崎線・鴻巣駅から中山道方面へまっすぐ歩いていきます。その途中で小道へ進んでいくと法要寺の立派な山門が見えてくるのです。訪れた日は、一日かけて鴻巣市内を観光する予定でしたので朝早くに到着したため、参拝者や近隣住民とすれ違うことはありませんでした。



既に開門はされており、境内へ入ることは可能でした。2月でしたので葉が落ちてしまっている木々が多かったのですが、中央に立つひときわ大きな木は、観音像の背面のような形をしていました。



境内には1790年に建立されたという庚申塔も置かれています。保存状態は良く右側面に庚申の由来が彫られているなど、貴重な史料となっています。



法要寺には古いものばかりが並んでいる訳ではありません。平成21年に設置された立派な六地蔵尊が拝めるなど、精巧な仏像を間近で見ることができます。江戸時代と現代では彫り方に違いがあるのかなど、興味がムクムクと湧いてきました。



水子供養の石像も比較的新しいもののように見えました。子どもの顔がふくよかで、ニコニコしているのが印象的でした。



こちらはベンチのようですが、あまりにもテカテカと光っており腰を掛けるのをためらってしまいました。直方体ではなく端の方がゆるやかにカーブしており、不思議な形をしています。



法要寺の狛犬はもともと別の場所に建立されていたのですが、神社が倒壊したことからこちらへ移設されたとのことです。



後ろから覗いてみました。はい、オスですね。多くは語りません(笑)。



法要寺の魅力はこれだけではありません。不思議な形のモニュメント脇に御狐様が祀られていたりと、見れば見るほど面白いお寺なのです。



今にも動き出しそうですね。このように新旧が入り混じった法要寺ですが、あの有名な武将である前田利家の子孫が江戸時代に宿所として使用していたのです。
もともとは勝願寺に宿泊する予定だったのですが、山門前で馬から降りるという「門前下馬」を破ったために宿泊できなくなりました。その際に助け舟を出したのが法要寺であり、それ以降は前田家家紋の使用を認められました。法要寺と前田家には強いつながりが生まれたのです。

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本記事は2016年03月08日時点での情報ですので、場合によっては適用されないこともあります。あらかじめご了承ください。